子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)休職の伝え方は?癌患者の気持ちが分かるの!

ぽんくみだー!

 

今回も仕事の愚痴のような話になってしまいますが、
癌っていう病気を患っている人間の心境って分からない
方が多いのが現実!

 

なんで?
特に同性の方が多いのにショックを受けました。

 

やはり、脱線気味な日記になっちゃいました(汗)

 

ぽんくみ行きま~~す!

 

8月の後半になると、9月のシフトが組ま
れる。

 

いつまで仕事に行こうかというのも悩んで
いた。

 

最初はギリギリまで働こうと思っていた。
休むのは、まわりに迷惑が掛かると思ってた
からだ。
(これって日本人特有の固定観念ですよね?)

 

でなくても、これから長いこと休むことに
なるのだから、余計に。

 

 

でも、病気が発覚してから、自分の情緒は
不安定になり、とても仕事が出来る状態で
はなくなった。

 

 

毎日、上の空になってる自覚はある。

主任には注意されてばかりの毎日だ。

段々と、来ない方が迷惑掛からんのかなと
思うようになってきたのだ。

 

迷惑に思われてまで、やりたい気にはなれ
なかった。

 

 

子宮頸がんの検診に引っかかって以来、
仕事に身が入ってないと、何度か指摘
されてた。

 

主任には、
「何でなんです?
 何を考えているんです?
 今、考えてること言ってみて下さい。」
と言われたこともあった。

 

言われても、何を考えてるかは言えなかった。

言えるはずもなかった。

それくらい、悩んで、気持ちはいっぱい
いっぱいだったし、毎日ぼーっとしていた。

 

 

朝一番から言われると、最初からダークな
気分でいる上に、ダークさが更に濃くなって
一日を過ごした。

 

帰り間際に言われると、落ち込んでいる上に、
更に落ち込んで、地球の裏側にまで行ってし
まいそーな気分で帰っていった。

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なのに。。
9月初旬から休職しようと考えていると
伝えたら、言葉を濁されてしまった。

 

追いかけて行き、
「私はまともですか?」
と聞いたら、は?って顔をされた。
何、言ってるの?って顔だった。

 

私は真剣だった。
おかしなことを聞いてるというのは、わかって
いたけれども。

 

 

「まともに仕事が出来ているのでしょうか?」
と聞き直した。
「出来てんのちゃうの!」
と言われた。

 

でも、大丈夫か?こいつ!って顔だった。

 

 

「出来ていると言われるのであれば、ぎりぎり
 まで仕事に来ます。」
と伝えた。

 

 

私は、主任が苦手だった。

 

仕事での対利用者においても、
職員間の人間関係においても、
介護内容においても、一言で言えば、
“問題解決先行の、人の気持ち置き去り型”
そんな感じがして、あまり好きになれな
かった。

 

それと、人によって態度を変えるところも
気に入らなかった。

 

なーんか、ヤな感じに思えた。

 

私の被害妄想か?

 

私がそー思っているだけで、本当のところは
わからない。

 

他の職員さんと、こんな話をすることも全く
ないので、勝手に思い込んでいるだけかも
しれない。

 

本当は、どんな人なんだろうか。
興味はないけれど。

腹を割って本心を話せる人が、誰もいない。

まわりの人は、みんな怖かった。

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今の職場で働き出し、1ヶ月2ヶ月と経って
くると、少しずつまわりの人たちと打ち解けては
くるけれど。

 

だからといって、本当の気持ちは話せなかった。

 

「ここの人たちってさ、キツネとたぬきの
 化かし合いみたいやと思わん?」
と言われたことがあった。
それに対しても、イエスともノーとも言え
なかった。
曖昧な相槌を打つのが精いっぱいだった。

 

言ったら、ぽんくみさん言うてたでーって、
すぐに売られてしまいそうな雰囲気な所だから。

 

未だに、思っていることは言えないような所
なのだ。

 

身体が健康でも苦しい場所だ。

 

ましてや、今は身も心も健康じゃなのだから、
もっと苦しい。

 

勝手に、主任のことをそんな風に思ってるので、
今回のことも、相談する気には全くなれな
かったのだ。

 

私が、あまり好きではないと思っているの
だから、向こうも、こちらのことを良くは
思ってはないだろう。

 

今までの経験上では、だいたいそーだ。

 

 

そして、嫌いって感情は、好きっていう感情
より、早くに伝わるような気がする。

 

毎日の生活が、ストレスで出来上がってた。

 

これこそが、癌にはいい栄養素になって
いるのだろうなぁと。

 

まだ癌じゃないけど、もうすぐ癌になる
のは確実だろうなと思う。

 

 

癌だったら・・本当に癌だったら、職場の
人に病名を伏せて・・なんてことも出来なく
なるだろう。

 

 

11月から復帰するっていうのも、無理になる
可能性が高くなる。

 

そうなったときの迷惑を考えると、リーダーが
復帰されたときには、きちんと伝えないと
いけないなぁと思っていた。

 

8月の後半から、リーダーが
たまに顔を出してられたので、
機会を見て、本当のことを話した。

 

自分も股関節の治療のため、入院手術をされた
こともあり、色々とアドバイスも下さった。

 

 

違うのは、股関節はどんなに悪くなっても
普通は死なないけど、癌は悪くなったら
ほぼほぼ死ぬことくらい。

 

 

「気持ちをラクに・・。」
「気持ち、わかるわ。」
などと言われても、素直に受け入れられなかった。

 

 

私じゃなくても、冷静に過ごせる人はいないと
思う。
その立場にならないと、理解はしてもらえない
だろう。

 

だから、言っても仕方がないのだ。

 

あんたに何がわかるねんって思った。
卑屈な気持ちにもなるし、泣き言のひとつも
言いたくなる。

 

こんなことになってから、父親のことをよく
思い出すようになった。

 

問診票でも、何度も書いたせいもあるかも
しれないけれど。

 

父も、癌を告知されたとき、どんな気持ち
だったのだろうかと。

 

医師は本人に隠した方がと言ってたが、私たち
兄弟は、伝える方を選んで本人に話した。

 

理由は、何でもかんでも自分で決めないと気が
済まない人なのに、自分の人生の最後を自分で
決められないのは酷だと思ったからである。

 

それは、兄弟全員がそう思っていた。

 

鉄人みたいなハートの持ち主でもあったし。

 

医師ではなく、私たちが伝えた。

 

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でも、そんな鉄人でも、想像以上のショックを
受けていたのだろーなぁと、改めて思った。

 

 

 

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