子宮筋腫と子宮頸部上皮内癌の違いは?症状や重さは?全摘出しないとダメ?

くく、ぽんくみざんす!

 

今日もブログを読んでくれて感謝です!

このブログも、少し脱線気味ですが
私なりに「癌」と「子宮筋腫」について
考えました。

 

今日は誰が出てくるんだろう?

 

 

談話室で内診してもらうのを待ってたのは、
私だけではなかった。
私の他に数人の女性たちが待っていた。

 

隣で待っていた女性二人が話をし始めた、
何で入院をしているのかなどを話している。

 

聞く気がなくても耳に入ってきた。
最終的に、耳をダンボにしてたけれども。

一人の人は、子宮筋腫がひどくなって
全摘したと言っていた。
若いときから子宮筋腫があり、
ずっと持ちながら過ごしていたが、
段々と大きくなってきたとのこと。

 

それで、全摘したと。

 

それまでは、筋腫のせいで、出血量も多くて
いつも大変だっと言われてた。

 

もう一人の人も、若い時から
ずっと筋腫持ちだったとのこと。
それに加えて腎臓も悪くなり、
それを摘出することになったらしい。

 

「腎臓、どうしたの?」と聞かれてたが、
「うん、ちょっと。。」と言葉を濁されていた。

 

隣で聞きながら、話したくないこともあるわなと思った。
しつこく聞かれてたけど、その理由は言われなかった。
癌か何かが見つかったのかぁと、勝手に想像していた。

 

それで、腎臓を摘出することになったので、
どうせ開腹をするなら、筋腫のひどくなって
きている子宮も一緒に摘出してはどうかと
いうことになったとのことだった。

 

 

一回の手術で、腎臓ひとつと子宮を
同時に摘出されたとのこと。
そんな方もいてるんだと思いながら、
隣で盗み聞きをしていた。

 

この後、ちょくちょくこーゆー機会があり、
他の人の話を聞いていた。

 

子宮を全摘している人は、話を聞いている限り、
子宮筋腫の人がとても多いことがわかった。
私と同室の子宮を摘出した女性も
話を聞いてると、子宮筋腫が理由だと推測出来た。

 

 

主治医の先生の話を聞いていても、世の中、
筋腫が出来ている人がとても多いというのが
わかった。
子宮全摘手術を受ける人の
ほとんどが筋腫のせいとのことだった。

 

私の友達も、20代の頃から
筋腫に悩まされていた。
48歳の今も筋腫持ちで、
大事に大事に様子を見ながら過ごしている。

 

私は筋腫がなかった。

 

そんな人の方が珍しいのかもしれない。

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自分は子宮頸がんに引っかかって、
こんなことになってしまったので、
全摘する人は癌の人なんだと、思い込んでいた。

 

 

それどころか、がんより筋腫の
人の方が多いなんて意外だった。
自分が思っている以上に、子宮筋腫で
悩んでいる女性は多いのだ。

 

筋腫は良性の腫瘍だ。

 

でも、放置しておくと10㎏くらいまで
大きくなるらしいと聞く。
子宮のどこに出来るのかで、症状も違うらしい。

 

生理の出血が多くなったり、
子供が出来にくくなったり。

筋腫に悩まされてる友達も、一人目の子供を
産んだ後、段々と筋腫ちゃんが成長したとのこと。

 

その後、2回も連続で流産をしている。

 

流産を繰り返し、子供はあきらめてしまい
一人っ子になってしまった。
そんな悩みもなく、この年まで来たのだから
幸せなのかもしれない。

 

 

でも、子宮筋腫って良性なんでしょう?と思った。
出血量が多くなるとか、色々と不具合が
あるかもしれないけれど、それ自体が命を
脅かすことはないと思う、それが良性なものだと思っている。

 

 

その点からいくと、癌は悪性なのだ。
どんなに小さくても悪性は悪性、
命を脅かす危険がある。

 

子宮筋腫がひどくて・・と言われても、
だから何なのさー、死なないんでしょう?
って気にもなる。

 

“死”というものを間近に感じたとき、
やさぐれた気分にもなる。

 

そういう点では、子宮筋腫の方がよっぽど
マシだと思ってしまった。
こんな私でも、今まで順調に生理が
来ていた訳ではなかった。

 

 

私は11歳になったばかりの頃に生理になった。
そんなに体格が良かった訳ではない。
むしろ、その逆で、細くてクラスで一番小さい子だった。

 

 

前に倣えの手を前に出すのを夢見ていた。
叶わなかったけれど。

 

そんな子が早くも生理なってしまった。
母親もビックリだった。
それくらい、なりそーになさそーな体格だったのだ。

 

生理になると、その後はほとんど身長が伸びない。
私は今も小さいまま、“おじゃる丸”に出てくる
「ちっちゃいものクラブ」に入れてもらいたいくらいだ。

 

でも、かなり無理をしてなったのだと思う。

 

次の生理が来たのは1年後だった。
まともに毎月くるようになるのに、
3年以上掛かった。

 

毎月くるようになったのは
中学3年生になってからだ。

 

そこからは、まぁまぁ順調だった。
腎盂炎になったときに
飛んでしまったことがあったけど。

 

でも、結婚して2人目を産んだ後
1回来てから、全く来なくなってしまった。

原因は、ストレスだった。
検査をしても、どこも悪くはなかった。

 

 

ただ、女性ホルモンの値が、
更年期のおばちゃん以下の数値、
しかも測定不能になっていた。

 

 

更年期の症状が出てきてしまっていた。
28歳のときだ!

 

 

毎月、ホルモン剤を飲んで
薬で生理を起こしていた。
頑張っても自力で生理は来なかった。

 

そんなことが何年か続いた。

 

結婚生活は、生理を
止めてしまうほどストレスだった。

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そして、やっと離婚が成立して数か月が経った頃、
自力で生理がやってきた。
それからは、順調だった。
ストレスって、怖ろしいと思った。

 

 

そのまま、普通に閉経を迎えると思っていた。
なのに、こんな終わり方をするなんて、
その時は考えもしなかった。

 

今は子供を産む人数も少ないから、
昔の人に比べて、生理になる回数が多い。
そういうのが子宮にはあまり良くないとかも聞く。

 

本当かウソかわからないけれど・・・。

 

その点からいくと、私は早くになったけど、
生理になった絶対数は少ないように思う。
どんくさい私に合わせてか、
周期もどんくさかったし。(笑)

 

 

早くに来ることはなかった。

 

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生理になって、うっとおしいとか
毎回思ってたけど、いざなくなるとさみしい。
そして、これからは身体のバイオリズムが、
もーわからへんやんって思った。

 

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)お見舞いの対応や時間は?

んん?
何?

ぽんくみさ~ん、時間ですよ~!

 

古!
知ってますか?今のフレーズ、
「時間ですよ!」ってドラマがあって
そのセリフです。

 

歳がバレるっていうより、もっと古いです(汗)
今日のブログも、かなり脱線気味なのでスイマセン。

読んでくださって感謝です!

 

 

昨夜は眠れなかった。

 

本当に眠れなかった。

 

体重のせいではない。

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隣のベッドの若い女の子が、昨日手術を受けた。

 

その子は、その痛み止めの副作用で、
昨夜はずっと嘔吐を繰り返していた。

 

電気が付きっぱなしで、看護師さんも
バタバタして眠れなかったけれど、
怒る気にはなれなかった。

 

気の毒だと思った。
自分は、そんな副作用がなくて幸せだと思った。
腫れたような感覚で土偶みたいな足になるくらい
何だってんだと思った。

 

嘔吐は、とてもなく体力を奪う。

 

かわいそうだ。

 

幸い、彼女は若いからすぐに回復しそうだけど。

 

今日は朝から雨だった。
昨日と打って変わり、今日は調子が良かった。

 

朝食後、突然、ウン気がやってきた。
朝から快調だった。

 

この日は、うんこの神様が降臨したのか、
薬が効いたのか、朝昼晩と3回も”お通じ”があった。

 

術後のストックを掘り出し市したと思えば、
普通の量になってしまうけど。
そんな感じだったら、今日、体重を測ったら
絶対痩せてるはずなのにと思ってしまった。

 

女子の考えることだーね。

食後一段落したら、シャワーを浴びに行った。

 

シャワー室に入ろうとしてたら、
男の人がお風呂の準備をしながら来られた。

 

「先を越された―!」って顔をしていた。

 

ウッシャー、勝ったぞー!
って思いながら、会釈してドアを閉めた。

 

朝一からのシャワーはきつい・・・
こういうときは、自分の低血圧さを感じる。

 

そして、やっぱ、自分の身体は見たくないなと思う。

 

自分の裸体をしげしげ眺めることが出来るなんて、
よほどのナルシストだと思うけれど。
でなくても、私はコンプレックスの塊なのだから。

 

ため息しか出ない。

シャワーから戻ってきて、
ドライヤーで髪を乾かす。

 

髪を乾かしながら、もし、がんだったら、
抗がん剤とかせんとあかんのかなぁと思った。

 

髪の毛、多いとかって、いっつも文句言うてたけど、
本当にそんなことになってなくなったら、やだなぁと思った。

仕事に戻るとかって、職場の人に
病気のことを内緒とか、そんなレベルを
遥かに超えた話になってしまう。

 

 

今までのあたりまえだったことから、
段々遠く離れていくような感じがした。

 

あたりまえって、あたりまえじゃなくなって、
初めて有難みに気が付くのかもしれない。

 

そんなことを思った。

 

今日は内診をしてもらう日だった。

 

“一週間まとめてひよっこ”を観てたら、
一番ええとこで呼ばれてしまった。

私の人生、そんなもんだ。

 

あきらめて、指定された談話室で、
診察室に呼ばれるのを待っていた。

 

ここにテレビのひとつでも
置いといてくれたらええのにと思った。

 

なのに。。
待てど暮らせど、名前は呼ばれなかった。

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看護師さんがやってきた。
「すみません、緊急の処置が入ったので、
 ちょっと待ってて下さい。」と言われた。

 

ちょっと?

 

ちょっとなら既に待ってるけど、そんな
緊急の処置がすぐに済むのか?と思った。

 

更に待たされる。

 

また看護師さんが来られた。
「すみません、時間が掛かりそうなので、
 一旦病室に戻ってもらってもいいですか?
 ごめんなさい。」と言われた。

 

だよねーーー。

 

スゴスゴと病室に戻った。

 

“ひよっこ”の観たかったとこは、
既に終わっていた。

 

ほどなく、また呼ばれて内診してもらえた。
出血も少なくて順調と言われた。
多少、患部が痛いのは、仕方がないけれど、
今日は昨日のような腹痛はあまりなかった。

 

このままいけば、予定通り退院出来そうと言われた。

 

ばんざーーい。

 

それでも、怖くて抗がん剤のことは聞けなかった。

 

ここからは日にち薬だと思う。
あとは体力回復の問題だと。
私にはこれが一番のネックのように思った。

 

今日は、息子がお見舞いに来ると言っていた。

 

11時半頃に近くの駅に着いたから、
今からタクシーに乗って病院に向かうとLINEがあった。

 

え?タクシー?大人になったなぁと思った。
あいつが、タクシーを使うなんて。。

 

今日から病院内自由に動いていいとのこと
だったので、
1階の正面玄関のところまで迎えに行った。
8月に帰ってきてくれたので、1カ月ぶりに会った。

 

 

こんなことでもないと、次はお正月くらいまで
会えないとこだったので、病気に感謝だ。
病気になるのも、悪いことばかりでもない。

今までわからなかったことや考えなかった
ことも考えたりするし。

 

この年になっても成長するとこあるなと思った。

 

病院のコンビニで、彼の昼食を
買って病室で一緒に食べた。

 

今日は、土曜日ということもあり、
病室内は来客が多かった。

 

1階にあるコーヒー屋に行って話をした。

 

家に帰ってきてくれても、
私が不規則な仕事をしているので、
すれ違ってばかりだった。

 

この数年、ゆっくりと話したことがなかった。

なので、貴重な時間だった。

 

病室に戻ると、母と妹が来てくれていた。

母が、「退院したら、お母さん実家に連れて帰って
 暫く面倒を見るから。」と言った。

 

えぇーー!って言う私に対し
「母を宜しくお願いします。」と息子が軽く頭を下げていた。

 

何で、勝手に決めてんねん。とは思ったが、
これぞ、老いては子に従えってやつなのかと思った。

 

高校を卒業して、家を出て大学に行ったときから、
私の時間は止まってるけど、子供は成長してるんだなぁと思った。

 

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夕方、3人一緒に帰って行った。
息子は、最寄りの駅まで送ってもらったらしい。
明日は台風で電車は不通らしいので、
来てくれたの今日でよかったと思った。

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)術後や退院で注意することは?痛みが凄い!

んんん、ぽんくみさんですよ~~。

 

今日のブログは退院の事がメインに
なっています。
相変わらず脱線気味は、いつものこと(汗)

 

そんな私のブログを読んでいただいて感謝です。

しもしも~?アムロ?

 

 

相変わらず、朝の4時頃に目が覚めた。
退院の朝だ。
やっぱり、あまり眠れなかった。

 

同室の子宮筋腫で全摘された方は、
とてもおとなしそうな感じに見える。

 

でも、夜になると違う。
ものすごく寝言が多いのだ。
しかも、声も大きい。

 

その内容が、文句を言ったり罵倒したりと、
”え?大丈夫?”って思うようなことを言ってる。

 

そして、柵を蹴る音がよくする。
カーテンをしているので見えないけれど。
でも、ぶつかったではなく明らかに
蹴っているであろう音だ。

 

相当ストレスが溜まってるなぁと思った。

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私も眠っているとき、こんなんだったら
どうしようって思う。(汗)

 

大丈夫だったのかなぁ。
こんな生活とも今日でオサラバなのだけど。

 

そんなこんなで、よく眠れなかった。
入院生活とは眠れないものだというのが
よくわかった。

 

朝食後、退院の準備を始め、
バタバタしてると先生が来られた。
お世話になったお礼を言う。

先生からは、無理をしないようにして、
徐々に身体を慣らすように言われる。

 

車の運転は、暫く自粛するように
付け加えられた。
乗せてもらうのも、
振動で意外ときついと言われた。

 

そーゆーもんなのかなと、
そのときはあんまり考えなかった。

 

退院の準備を再開する。
ずっと眼鏡してたけど、久々に
コンタクトレンズも付けた。

 

久々にブラジャーも付けた。
手術後からは、ずっとノーブラだった。(笑)
段々と気が引き締まってきたような感じがした。

 

ダラダラしてた感が少しずつ落ちていった。

身なりを整えて用意をしていると、
母と妹が迎えにやってきた。
会計はもちろんまだ計算出来てなかった。

 

看護師さんが来られ手のバンドを外してもらえた。
自由になった気がした。
尾崎豊のような気持ちになってた。

 

そして、「今日は会計が、入院費の計算が出来ないので
払わずに帰ってもらっていいですよ。」と言われる。
だろーな、と思った。
会計に時間が掛かるとは思ったが、そーきたかと。

 

あまりのいさぎの良さに笑ってしまった。
持って帰る薬を薬剤師さんが持っててくださった。
丁度、10時だった。

 

隣のベッドには、新しい患者さんが入ってこられてた。
私にも、早く出ていけってことやなと思った。

同室の方や、すれ違う看護師さんたちに
挨拶をしながら歩いた。

 

詰所に寄って、お礼を言った。
「お世話になりました。」と。

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久しぶりに病院の外に出た!
風を感じるーー。
病院内にいると少しの風も感じなかったので、
ちょっと新鮮だった。

 

気持ちいい。

車に乗り込んだ。

 

運転をしなくても、車に乗るのは
体力を使うとのこと。
無理をせず帰るように言われていた。

 

乗って動き出すと、その言葉の意味を痛感する。
傷に響くのだ。

 

今まで気にしたこともないような段差でも。
道が滑らかでないことを下半身で感じた。

 

痛いわ。(涙)

高速の、主だったサービスエリアや
パーキングをほぼ寄りながら帰った。

 

それでも、辛かった。

 

高速には道のつなぎ目がある。
ちょっとしたデコボコもある。
それをダイレクトに感じるのだ。

 

私には体力がなかった。
住んでる町に着いた頃にはぐったり、
実家に戻る前に自分の家に寄ってもらった。

 

私の家は3階にあったが、そこに行くまでに
「はぁはぁ」言ってた。

 

大丈夫か?目がまわりそう。
ひっくり返ると思った。

動かないと何ともないのにな動いたら、
体力のなさがてき面に現れる。

 

かなりショックだった。

 

2時間弱のドライブがしんどかった・・・
こんなことでどーすんねん。

 

手術後は、どうしても痛みを伴う。
これは仕方がないと覚悟をしていた。
それ以外で、自分が困ったことは、
この体力低下と内臓の動きだった。

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元々の体力がない方だったというのは
わかっていたけれど。
手術をする数か月前に、体調を崩していた。

 

それが、影響していた。
こんなに尾を引いてしまうとは思ってもいなかった。

 

体力を回復させるのに、思った以上の
時間と力が必要だった。
子宮を全摘したら、その子宮がいた場所というのは空く。

 

 

子宮はこぶし一個分の大きさがあるので、
その分のスペースが出来るのだ。
その場所を他の臓器は見逃さないらしい。

女性的には、腹の肉をへこます方にはいかんのか?と思った。
でも、そーはいかんみたい。

 

 

痛みとは別に、お腹の中が気持ち悪かった。
先生に聞いてみたところ、
空いたスペースに他の臓器はやってくるらしい。

 

腸は、そーゆーのを見つけるのが
めっちゃ早いと言われた。
「差し詰め・・腸が来るでしょうね。」と言われた。

 

お腹の中で、臓器たちが動くのは
例え少しでも気持ちがよくない。

 

悪いのだ。

 

何ともいえない気持ち悪さに、私は結構悩まされた。

 

あんまり気にしない人にしてみれば、
どーってことないのだろうけど。

 

私はダメだった。

 

腹の中は、いったいどーなっているのだろう?
見たいような見たくないような。
腸がどうなってるんだろうか?

 

憩室みたな感じで、腸のヤツ・・
子宮があった場所を利用しているのかなぁと、
色々と想像をした。

 

そんなアホな。。(笑)

子宮後屈で、後ろを向いていたのだから、
元々がおかしかったのだ。

 

だから、今更・・なのだけれど。

 

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とにかく、暫くはこの動きに
かなり苦しめられてしまったのである。

 

 

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)抗がん剤は必要?退院時間や税金について!

ぽぽぽ、ぽんくみっす!

 

今日のブログは何について書こうかな?って、
ずーと考えていました。

ほとんど入院日記みたいになっちゃいましたが、
リアルな話になっていると思ってます。

ザビ家の名言です・・。

 

 

 

台風は夜中にやってきた。

 

夜中12時頃、すごい雨風だったけど、
ここは病院、何の被害もなく朝を迎えた。

 

今日は、隣のベッドの気胸の若い女の子が
退院をするらしい。

 

なんか、早くね?
若いって、こーゆーこと?って。

 

でも、見てる限りは、家の人の迎えの都合なのだと思った。

 

理由はともあれ、今日退院する様子。
昨日までは病人って感じだったのが、
今日は顔つきが全く違った。

 

病は気から・・だと思った。

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私は、今日また診察がある。
診察前にシャワーを浴びたかったが、
今朝は朝一番からシャワー人気が高い。

 

全然、空いとらん。

隣の若い子も、シャワー浴びて帰りたいと
言っていた。
こんな若い子が、全然お風呂に入れてないのは、
さぞかしキツイと思う。

 

こんなおばさんだって、キツイ。
ちょっと可哀想だなと思った。

 

10時過ぎに診察に呼ばれた。
いつものように待たされる。
いつものように談話室のところで待ってた。

 

私以外の人も何人か待ってた。

 

他の人の話が聞こえてくる。
やっぱり子宮筋腫の人が多い。
時代は筋腫なのか・・と思った。

 

診察をしてもらった。

 

術後5日目なので、まだ多少の痛みはある。
それは仕方がないこと。
診察結果は順調とのこと、
明日、退院出来ると言われる。

 

ばんざーい。

うれしい!

 

 

それと、もうひとつ嬉しいことがあった。

 

摘出した子宮から、がんがもし見つかっても、
抗がん剤は使わなくてもいいと言われた。
その時は、深く考えなかったが、
子宮を全摘しているからなのか。と思った。

 

 

何はともあれ、嬉しい。
やっぱ、抗がん剤を使うのはとても抵抗がある。
まずもって、しんどそうなイメージ、体力を奪われそう。

 

 

今以上の体力低下することを覚悟しておかな
いといけない。

 

そして、女性としてはつらい、
髪の毛が抜けること。
いつも髪の毛が多いと文句を言ってたけど、
ノーヘアになるのは抵抗がある。

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やはり嫌だ。

 

頭も、アンダーヘアも無くなるのは抵抗があるのだ。
毛があってもなくても、その人の本質は変わらないのだけど。

 

当方女性ゆえ、やはり気になる。

女の人は、きれいとか可愛くとかに生まれたら
人生変わるだろうなぁと常々から思っていた。

 

でも、ぶさいくな星の下に生まれたのだから、
仕方のないことなのだと。

 

だから、髪の毛だけは持って行かないでおくれ
と思っていたのだった。

 

神様、ありがとう。

髪さま(?)なのかな。

 

診察が終わり、病室に戻った。
隣の若い子は、抜糸をしてもらいシャワーを
浴びた様子だった。

 

上がったところだったのかな。
シャワー室を見に行くと、誰も入ってなかった。

 

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急いで用意をしてシャワーに行く。

 

入って脱いだクロックスを揃えていると、
風呂桶を持ったおじさんが残念そうに立ってた。

 

また勝った!と思いながら、
「すみません。」と謝まった。

 

躊躇もなく、ユニットバスのドアを閉めた。

 

日曜日や祝日は、普通のお風呂がお休みなのか、
シャワーの競争率が高い。

 

私は、湯船に当分は入れないため、
お風呂は全然関係がないので、
本当のところはよくわからないのだけど。

 

今日は、本当にシャワー人気が高かった。

 

シャワーを浴びながら思うのは、相変わらず毛はない。
5日で生えそろう訳がなかった。

上も下もなかったら、
やべーヤツになってしまわないのかと思った。
とにかく、それは免れた。

 

よかった。

 

シャワーから戻ると、隣の若い子は退院した後で、
ベッドはもぬけのカラとなってた。

 

もの凄く大きいということもないけど、
そこそこ大きい病院なので、
患者の出入りは毎日激しかった。

 

 

あの子とは、ずっと一緒だったから、
ちょっと寂しいと思った。

 

今は三連休中で、明日は連休明けになる。

 

多分、明日になったら入院する人が
ジャンジャン入ってくるのだと思う。
明日、退院をする私は追い出されるのだろう。

 

10時には退院してほしいと看護師さんには言われた。

 

退院時に入院代も原則は払って
帰るようにも言われた。

 

三連休で、その間事務の人は休みだった。

 

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3日間も止まってた計算が、
明日の朝の10時に仕上がるとは、
とても思えないけど。

 

果たして出来るのか?

 

どこでも、現場と事務方との
温度差はあるのだなぁと思った。

15時頃に、母と妹がやってきた。

 

明日の退院が決まったので、
前泊して明日連れて帰ってもらうためだ。

 

本気で10時に退院するため・・でもあるけれど、
本当は妹の事情もあった。

 

私の入院のせいで、彼女は何日も仕事を休んでいた。
退院が決まった明日も、本当なら仕事の日だ。
でも、私のために半日休んで昼から仕事に
行くつもりでいた。

 

そういう意味で早い時間に退院したいというのがあった。

 

税金関係の所で働いている彼女は、
明日は督促状を送付しなければいけないと。

 

「その郵便物を待ってる人、
誰一人としておらんわ!」と言ったら、
「おらんかっても、送らんとアカンねん!」と言い返す。
「税金の無駄使いやわ。」と言うと、
「そう思って、督促状を送る前にみんなが
 払ってくれとええねんけど。」と言ってた。

 

この病院まで家からは遠い。
朝の早い時間に家を出るのはつらい。
前泊して、今夜も温泉に泊まるのだという。

なんだかんだと人のせいにしてるけど。
温泉旅行して、楽しんでいる部分も
あるのではないかと思った。

 

でも、今回のこと、とても感謝している。

 

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夜になり、少しずつ荷物をまとめ始めた。
 

 

 

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入院生活の不安解消法は?子宮頸がん闘病日記で分かる患者の事情!

みみ・・ぽんくみだ!

 

この時は入院って、こんなにもしんどくて
退屈で・・痛くて、予想はしてましたが・・
1年ぐらい入院している人は凄いと尊敬して
しまいます。

 

今日も「ぽんくみ入院日記」みたいになっていますが、
読んでくださって”感謝”です。

 

入院してから、あまり眠れない。
昨夜も眠れなかった。

 

昼寝をしている訳でもないのに、夜になると
目がさえる。

 

身体が良くなるには、睡眠と栄養だと思うけど、
これがなかなか難しいなぁと思う。
昨日よりは今日って感じで、少しずつ良くは
なってきている・・とは思う。

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段々と普通になってきたけれど、低下した
体力はなかなか戻らない。

 

朝のシャワーが体力がなさ過ぎて辛い。
でも、お昼から入っても辛いと思う。

それくらい、体力がなかった。
ほんまに大丈夫かなぁと、心配になる。

 

今日は日曜日だけど、台風が今日の後半から
やってくるらしい。
日曜日なんだから、台風も休んだらええのにと思った。

 

 

余所の病室はお見舞いが多いけど、うちの
病室は少なくて静かだった。

 

それでも全くなしではないので、居心地は良くない。

 

1階の外来ロビーに行って本を読むことにした。

診察があるときは、すごい人でゴタゴタしてるけど、
休みの日は誰もいなくて静かで、
最高の場所だということに気が付いた。

 

田舎のコなので、人が多い所は好まないのである。

 

それ以外にも、病室にいたくないのには理由があった。

 

 

同室のがん患者さんのクレームを
ずっと聞いてるのが、
とてもしんどかったからである。

 

とにかく、食が進まないらしい。
ごはんは嫌だから、そうめんに
変更をしてもらってた。

 

それも入らなくなって、パンに変わった。
パンにしたけど、また直ぐに変わり
ごはんになった。

 

ごはんを要求したが、伝達ミスでまたパンが来た。
イライラしながら、文句を言われてた。
「言ったことが、なぜ出来ないの?」と。

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次からは約束通り、ごはんが来ていた。

しかし、進まないので、
今度はふりかけを付けるように言っていた。

 

ふりかけくらい、自分で持ってきたらええのに・・
と思いながら聞いていた。

 

次のごはんのとき、ふりかけは付いてこなかった。
また怒っていた。

ふりかけを頼んだ看護師さんではない看護師さんに。
次のごはんのときはふりかけが付いてきた。

 

 

でも、私の食事にも付いてたので、
多分全員に付いてたと思われる。

 

次の食事のときにはまた付いてなかったみたい。(汗)

 

最初にふりかけを頼まれた
看護師さんが謝りに来られてた。
シフトで、また仕事に来られたのだと思う。

 

「何で、言われたことが出来ないの!」
怒りは隠せないほど大きなものになってた。
気持ちはわからんでもないけど、傍目に見てて、
気分がよくなかった。

「私のごはんには必ずふりかけを付けて頂戴。
 必ずよ、必ず!」
口調は、かなり怒っていた。

 

次の食事はうどんだった。
うどんには、ふりかけが付いていた。
“必ず”が、守られてた。(笑)

 

このときは三連休中だった。
施設に勤めてるから、何となく想像が付くの
だけど。。

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連休中は多分職員不足だと思う。
主たる担当者が休みだったり、職員が手薄だったりで、
伝達が上手くいかずに、こんなことに
なったんだろうなぁと思った。

 

だからといって、許されるもんでもないけど。

 

でも、うどんにふりかけが付いてきたときは、
思わず吹き出してしまった。

そーきたか・・と。

とにかく、そんなのを見てるのが、
私はあんまり好きではない。
嫌な気分になる。

 

そんなこともあり、病室にはいたくはなかった。

 

でも、三大欲求の食が満たされないのだから、
イライラするのも仕方がないけれど。

 

この数日後、いつもイライラしてた彼女から
声を掛けられ、話をする機会がある。

 

ここにいる人たちと、私たちはイントネーションが
明らかに違ってた。

 

二人とも余所の人だというのは、お互い気が付いていた。
そんなこともあり、声を掛けられたのだと思う。

 

「どこが悪いのか?」と聞かれる、
「子宮頸がんの検診に引っかかり、子宮を全摘
 することになって、この病院を紹介された。」と答えた。

「子宮筋腫か何かかと思った。」と言われた。
筋腫の人は本当に多い。

 

ただ、癌の人はカミングアウトしないと思うので、
余計に少なく感じるのかも知れないけれど。

 

子宮筋腫でなく、癌だとわかったら、
急に親しく話されるようになった。
同じがん系統の患者だと思われ、
親しみを感じられたのか、話しながら笑顔も見られた。

 

 

一応、自分はがんの前の細胞異形成で、まだ
がんではないと付け加えた。
病理検査で確定はするが、まだ違うと言った。

 

このときは、そう思っていた。

 

彼女は膵臓がんだと言った。
膵臓がんは難しくて大変でもう治らないと
説明してくれた。

 

私の父も膵臓がんだったと伝えると、増々
親しく話してこられた。

がんの中でも膵臓がんが最悪なのは身に染み
てわかっていた。
そして、胃がんと同じくらい、ものが食べれ
なくなるがんだということも、よく知ってた。
いつも怒ってばかりの人だけど、
そのイライラもそーゆーことなのかと思った。

 

彼女の顔色はすごく悪かった。
多分、長くはないだろうと。
ほぼほぼ間違ってないと思う。

 

骨まで転移してるけど、痛みは感じないと
言われるので、それは不幸中の幸いだと
思った。

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それからは、ちょくちょくお話をするようになった。

 

人見知りの私から、話し掛けることはなかった
けれど、病気の話やたわいもないことを色々と
話した。

本当は、怖い人でも悪い人でもないのかも、
知れないなぁと思った。
元気で痛みなく長生きしてほしいと思った。

 

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そして、笑顔の機会が少しでも増えればいい
なぁと、そう願った。

 

 

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)休職期間は?病名は言わない方が良いのかな?

オラ!ソイ、ポンクミ。

 

子宮頸部上皮内癌・・本当に「癌」っていう字は
ここまで、気分を落とすもの・・・全てを奪ってしまう。
そんな人生は嫌だ!

 

この病気で悩んでいる、皆さんと一緒になって
元気をあげたいし悩みを分かち合いたい。

 

今日も、私が患った病気についてブログを
更新します。

 

今日は「職場に何て言おう?」「嫌だなー」って
思うことがあると思います。
これってカナリの勇気が必要ですね?

 

私も、100%勇気~~じゃないですけど・・
え、知らない?スイマセン(汗)

 

かなりの勇気が入りました、
では「ぽんくみ劇場」スタート!

 

 

職場に出す診断書を書いてもらい、
診察だけで今日は終わった。

 

帰り道、運転をしながら、心は晴れなかったが、
とりあえず入院手術日が決まったので、少し見通し
がきくようにはなったのは嬉しかった。

 

先の見えない暗いトンネルに入ってるような
気分だったので、ちょっと光が見えた気がした。

でも、時間はない。
既に、入院するまで1ヶ月は切っていたのだ。
無駄にする時間はなかった。

 

そんなこともあり、思ったよりも早く家に
帰ることが出来たので、ゆっくりとせず、
診断書を持って、そのまま職場に向かった。

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介護職は忙しい。
こんな話をじっくり話している時が、
業務時間内には全くないのだ。

 

職場に向かう。
今日の私はアクティブだなと思いながら。

 

どこがや!と突っ込まれそうだが、普段は
全く動かない人なので。

 

事務所に行って部長と話しがしたかったが、
こんな普段着で入っていったら、まわりに
変な目で見られるのは必至だった。

 

だからといって、休みの日にユニホームを着て
くるのは、もっとおかしい人になってしまう。

 

事務所前でウロウロしていた。

 

右往左往して、きびすを返したところに
Nさんが立ってた。
ビックリして、私はすごい顔になってたと思う。

 

すぐに察して、部長を呼んできて下さる。

 

ロビーで、部長に話をした。
診断書を提出し、事情を説明していった。
入院して手術をすることになったこと。
暫く休まなけれなならないこと。

 

私は半年ごとの契約更新で仕事をしていた。
来月の9月末で、一度契約が切れてしまう。
その最中に、長期休職をすることになって
しまった。

 

契約は更新してもらえないだろうと思っていた。
それでも仕方ないかなぁ、それでもいいかなぁとも思っていた。

 

そう思うに、理由は色々とあるけれど。

 

でも、クビを切らずに繋げて待ってて下さると言われた。
ありがたい話だが・・・。

本当か?

 

そして、もうひとつ、大事なお願いをした。
病名を伏せておいてほしいと。
それも、受け入れて下さった。

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職場の人の中で、仲良くしている人は誰もなかった。
それどころか、あまり好きではない人が、
ウヨウヨといた。

子宮頸部高度異形成で、もしかしたら
癌かもしれないなんて、知られたくなかったのだ。

 

部長には病名を話しただけで、
詳しいことは聞かれなかった。
でも、多分色々と調べられるのだろうなぁと思う。

 

 

その日は、部長にお伝えしただけで、
家に帰った。

 

夜になって、Nさんに連絡を入れた。
助けて下さったので、
どうしてもお礼が言いたかった。

 

電話番号しかわからないので、ショートメールで
お礼の言葉を伝えた。

何も聞かず、部長を呼んできて下さり、
本当に助かった。
とても感謝している。

 

その日中に、主任には話が伝わったよう
だったが、次の日の仕事に行ったときは
何も言われなかった。

 

次の週になってから、
「部長から聞いたけど・・」と言いながら、
主任に声を掛けられた。

 

部長は約束を守って下さったようで、
主任は、病名をご存じではない様子だった。

 

主任からは、10月まで休んで11月に
なったら、絶対に復帰出来るのかと聞かれた。

手術したら、完璧に治って良くなるのが、
まるで当たり前のような口ぶりなのが引っかかる。
戻ってくるつもりでいるが、先のことはわからないと答えた。

 

それと、もうひとつ。
もーすぐ休んで、入院手術することを職員
一人一人に言ってまわるよう言われた。

 

 

一週間後に会議があったので、その席で
挨拶をすればいいかと思っていた。
なので、みんなに言ってまわるように言わ
れたのは、嫌がらせのようにも思えた。

とはいうものの、上からの命令、仕方なく
言うことをきくことに。

 

 

休み明けのNさんに直接お礼を言う。
ラインを交換して、それからも色々と
相談に乗ってもらう。

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主任に言われた通り、一人一人挨拶をしてまわった。
まわりのみんなにも病名は言わなかった。

 

入院をして手術をすることになったこと、
暫く休むことになるため、
迷惑を掛けるので申し訳ないと。

 

一人一人、伝えてまわった。

 

ほとんどの人が、さらりとした感じで
対応してくれた。
普通の感覚でいえば、
聞きたいことがあっただろうけれど。

 

でも、察して、大人の対応をしてくれた。
ありがたかった。

 

しつこく聞いてくるであろうと思っていた
Tさん、最初は根掘り葉掘りと聞いてきた。

 

「どこが悪いの?」から始まり、
ねちねちくどくどと聞いてきた。

 

でも、話す気はないんだなというのが
わかってからは、「私は、こういうことは理解がある方だから。」
と言い、それからは一切聞いてこなかった。

助かった。とは思うけど。

 

本当に理解のある人は、最初から何も聞いてこないと思う。
理解があるのではなく、ただ単に諦めただけだと思った。

 

そんなTさんも、今年に入ってすぐに入院して
長期休職していたらしいというのは、噂に疎い
私の耳にも入ってきていた。

 

私が、この職場で働き始める前の話だ。
そういう経験もあっての引き下がりなのだと思った。

 

職員同士、立ち止まって話す機会はあまりないので、
機会を見つけては、挨拶をしてまわった。

 

一日二日の間に、ほとんどの人に伝えることが
出来ていた。
主任からは、全員に伝えることが出来たのか?と
早い段階から催促のように言われていた。

 

立派な催促だったけど。

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最後まで伝えることが出来なかったのは、主任と
仲良くしているパートのFさんだった。

 

仲良くを通り越して、いちゃいちゃしている
ように見えた。

 

そんな話を誰とも共有していない私が勝手に
思っているだけかもしれないけれど。
後で、まわりの人たちみんながそう思っていた
と知るのだが。

 

Fさんは、帰るのも早い方だし、そのときはよく
休まれてたので、話す機会がなかなかなかった。

 

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なるべく早くに伝えるように急かされた。

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)術後の痛みは?体重の増減が気になる!

ぽぽ、ぽんくみです!

 

「今日もしっかりと書いてみたかった・・・
やはり脱線してます」

 

なんで私のブログは脱線気味いなるのでしょう・・
悔しい!もっと上手になりたい!

でも、いつも見ていただいてる方に感謝です!

 

 

相変わらず、朝早くに目が覚めた。

 

この日はいい天気だったけど、明日からは
台風が来て荒れるらしい。

 

でも、病院内にいる限り関係のない話。
蚊帳の外だ。
外だ内だと、おかしな話になってるけど。

 

今朝の血圧も低いと指摘される。
「血圧84/32 脈53」って、大丈夫なのか、おいら。

 

胸などのしんどさはないので、良しとしよう。

 

今日、点滴と背中の痛み止めの管を抜いてもらえた。
点滴をしているだけで、病人感が上がる。
だから、なくなったら、一気に健常者に近づいた感じがする。

 

自由になった気がした。

次に、背中からの痛み止めを注入してたのも
外された。

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腰のあたりから、管をテープで固定しながら、
手のところを通って薬のとこまで這わせてあった。

 

入院前の問診票に、“絆創膏はかぶれますか?”
というのがあった。
私は絆創膏がかぶれるので、“はい”に〇をした・・
のだけど。

 

だけどー、ベタベタに貼ってあった。
案の定、かぶれているではないか!

 

かぶれない何かがええもんがあるのかと思ったけど、
ないのね。。

 

やっぱり。。
背中がひどいことになってしまった。

 

私はバンドエイドなど、かぶれてしまうので、
あまり貼ったことがない。

 

どうしても必要なときは、貼るところをチョ
キチョキとハサミで小さく切って、最小限に
して貼っている。

 

そんな小さなバンドエイドを貼ってると、
「そんなん、どこに売ってるの?」と聞かれるが、
売ってる訳もないので、
「ないから、カスタマイズしてんの!お肌、やわいから。」
と言うと、ビックリされる。

 

そして、笑われるのだけど。
何でや!本人いたって切実なのに。

 

 

そんな私なのに、何の躊躇もなく、よくも
まぁこんなことをしてくれたもんだわ。

 

とーぶん、誰にも見せられない。
だから、誰に見せるつもりなのか。

 

はてはて。。

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今日からシャワーの許可が出た。
早速、用意をしてシャワーする。
この手術が夏だったら地獄だなと思った。
秋でも、この数日でいっぱい汗をかいた。

シャワーをしながら、背中を見る。
悲惨だ。
下の方を見る。
こちらも、悲惨だ。

 

入院手術をするということは、気持ちを置き
去りにしないといけないことばっかりやなと
思った。

 

もーすぐ悟り開けるな。

 

点滴などの付属物がなくなったので、服の
着替えもめっちゃしやすかった。

 

でも、体力がないのは否めない。
シャワーしながらもクラクラとした。

 

それでも、早くシャワーがしたかった。

 

痛み止めの薬が身体の中に残っている間に。
薬が切れたら、痛みが出そうな気がしたから。

 

病衣は新しいのが毎日もらえた。

 

この病院は1日260円で、病衣とバスタオル、
フェイスタオルが貸してもらえた。
汚したら何枚でも新しいのがもらえたので、
随分と助かった。

ドライヤーを借りてきて髪を乾かしてた頃から
段々とお腹が痛くなってきた。

 

下腹が痛かった。

 

最初は我慢していたが、シャレに
ならないくらい痛くなってきた。

生理痛なら、薬を飲んでいるくらいの痛さだった。
汗が出てきた。
せっかくシャワーあびたのに。

 

お腹が痛くて、昼食もあまり食べれなかった。
昼食後に痛み止めをもらう。
それを飲んで、暫く横になった。

 

 

今日は同室の方が2名手術だったので、朝一
からバタバタとしていた。

 

二人ともお昼から手術らしく、そわそわされ
ているのが、カーテン越しからでも伝わってきた。

 

両方共家族さんが来られてたので、今日の
病室は満員御礼状態だった。
おまけに、癌の方のところもお友だちが来られてた。

 

二人でよくしゃべっていた。

 

私は、この日、一番体調が悪かった。
痛み止めを止めた日だったので、
とてもしんどかった。

 

一番五月蝿い日に、最悪だった。

もらった薬が効いてきた頃には
お昼過ぎになっていた。

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看護師さんが来られて、体調を聞かれたので、
「薬が効いてきて、マシになった。」と答えた。

 

来られるまで、ウトウトしていた。

 

「術後、排便はあった?」と聞かれ、
そーいえばないなぁと思った。

 

「まだないです。」と言うと、
「じゃ、そっちの薬も出しますね。」
と言われた。

 

「下剤?」と聞いたら、
「やわらかくする薬です。」と言われたので、
「マグラックス?マグミット?」と聞くと、
「それそれ・・。」
と言われたので、もらうことにした。

 

トイレに行く。
点滴がなくなると、手すりを持ちながら歩いた。

 

このままだったら、どーしよと思った。

 

そして、この日は出そうな雰囲気ではなかった。
個室の中で、私はまたロダンの“考える人”に
なってしまった。

 

トイレの帰りに、詰所で体重を測るように言われる。

 

今日は体重測定の日だった。
入院した日にも測った。

 

その後、手術のために絶食してたし減ってる
かも・・と思いながら乗る。

 

ぎょえーー、何てこと!
ほとんど変わってないではないか!

私の顔は、ムンクの“叫び”のようになってた。

 

ショックや。。
何でや!おかしい。
病室に戻って、ふて腐れながら、横になった。

 

胃腸が悪い訳じゃないから、
食欲は変わらんもんなぁと思った。

 

それに、絶食中は点滴から栄養が
入ってたのかもしれないし。
かもじゃなくて、入ってるだろう、普通は。

 

そんなに太ってないのだから、
変わってなくても、別にいいのだけど。

 

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でも、絶食したのにぃ~と、
やっぱり思ってしまった。

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)術後が心配!入院患者のマナーについて!

ぽんくみよん!

 

今日はちょっとエロチックにいこうと
考えたんですが・・・私には無理でした(汗)

 

本当にいつもブログを読んでいただいて
ありがとうございます。
この入院体験が皆様の心のスキマを埋められたら
喜びます。

今日も脱線気味です(汗)

 

 

病室内の歩行許可が出た。
看護師さんに手伝ってもらって立ち上がった。

 

やっぱりクラクラする。
一緒に歩いてもらう。

 

歩いてみて、足がしびれていることに気付く。
特に左足がひどい。

 

下腹部から膝あたりまでの感覚がない・・って
こともないけど、何となく鈍い。
痛み止めが入ってるときは、こーゆーことが
あるらしい。

 

痛み止めが効いているということなので、暫く
は我慢しないと。

 

でも、歩きにくい。
転倒しないように気を付けなければと思った。

とりあえず、トイレに行く。
トイレだけは行けるようになりたかった。

 

そしたら、恥ずかしいことがひとつ減るから。
それだけで、かなり違うと思う。

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点滴を持ちながら歩いてトイレに行った。
この病院のトイレは狭い。

 

1階や2階の外来関係のトイレは、リニュー
アルされていて、広くてとってもきれいなの
に、病棟のトイレはとっても古かった。

そんな、いにしえの(?)トイレなので、点滴
付きだと本当に狭くて、個室の中でバタバタし
てしまう。

 

でも、何とか用が足せた。(笑)
今日の仕事は終わったぞ。

 

お昼の12時をまわり、昼食がきた。
5分粥、少しだけご飯粒が沈んでいた。
そして、おかずは刻み食だった。

 

なんて、さみしー食事なの。。
でもプラス、ジョアが付いてた。

 

手術後には乳酸菌がいいっていうのを
聞いたことがあったけど、だからかなぁ
と思った。

 

お昼は、少し食べれそうな気がした。
でも、食べてる最中に食べ疲れを起こして
ダウンしてしまう。

 

横になり、休む。
食べるって意外と疲れるもんだなぁと思った。

 

仕事のとき、昼食後の歯磨きを利用者さんに
急かしてはいけないなぁと改めて思った。

 

休んでいたら、またトイレに行きたくなった。
導尿を外してもらってから、トイレが近い。
点滴のせいかもしれないけれど・・・。

 

患部のガーゼを取ってもらってからも、出血が
増えることはなく順調とのことだった。
明日になったら、好きなものを食べてもいいと
言われた。

 

ちょっと甘いものが食べたかった。
食欲はないけど、甘いものは入りそうな気がした。

 

でも、ここは病院。

 

施設ではないので、15時になってもおやつは
出てこなかった。

 

残念。

 

手術後、声はガラガラのままで全く治らなかった。

のど飴を舐めたいとお願いしたらOKが出た。

 

 

早速舐めたが、全然良くならない。
やっぱり、日にち薬なのかなぁと思った。

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おやつも出ないし、ふて腐れて横になってたら
そのまま寝てしまった。

 

夕方、看護師さんに起こされる。
夜に眠れるのだろーか、心配になる。

 

夕食は全粥になっていた。
おかずも段々と普通に近づいてきた。
ただ食欲はあまりない。

 

でも、出来るだけ頑張って食べた。
食べるのを頑張るってどーゆーことや?って思う。

 

食器も自分で返却・・って、点滴を引きずり
ながらって、意外と大変だった。
なるべく、自分のことは自分でやりたいのだけれど。

 

あいかわらず、血圧はとっても低いらしい。
どーしたもんじゃろの。

 

今、同じ病室にいるのは、
隣のベッドは、私と同じ日に内科からこの
外科に来た若い女の子。

 

その子は気胸のようで、明日手術をするとのことだった。

 

そして、コールを鳴らし続けた、
フィリピン出身の方は、私が手術をしている間に
退院された。

 

 

そのベッドには、50代後半から60代前半の
女性が今日新しく来られた。

 

この方も、明日手術をされる様子。
多分、私と同じような子宮の全摘手術のようだ。
全摘って流行っているのかしらと思った。

 

 

その横のベッドになる死にたいがん患者さんの
ベッドだったところには、今日新しい方が入っ
て来られた。

 

また、がん患者さんのようだった。
今度の方は、よく喋る。
暗いがん患者さんから、
よく喋るがん患者さんに代わった。

 

入院した途端に、ここのごはんは不味くて食欲
が出ないから、そうめんにしてと言われていた。

 

よく喋るのはイイけど、マナーの問題もあるので
要注意だと・・・。

 

そうめんか・・美味しそうやなと思いながら、聞いていた。

 

小心者なので、よう頼まんけど。

でも昔、病室に出前を取ったことがあったのを
思い出した。

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切迫早産で入院してるとき、入院が長引いて
しまった。
メニューがループしてしまい、焼きそばが食
べたくなったけど、全然出てこなかった。

 

で、仕方なく病室に出前を取ったことがあった。

 

なんせ、つわりのときだったので、食べたいと
思ったら、ずっとそのことばかりを考えていた。
入院中なんてすることもないし、
しかも、本人元気なのに、絶対安静なんて。

 

いくらダラダラしてるが好きな私でも辛かった。

 

暇なので、病室でジグソーパズルをしてても
看護師さんに怒られた。

 

とにかく、横になって寝ていないとダメだった。

 

娘がお腹にいたときだから、20年前の話だ。

 

あのときは、お腹に赤ちゃんがいたのに、今は
子宮ごとなくなってしまったのだなぁと思った。

 

母は、きれいな小さい子宮だったと言うてた。
何度考えても、勿体ないと思った。
何が勿体ないのか、わかんないけど。。

 

でも、ほんまに摘出せんとアカンかったのか?と、
どーしても思ってしまう。

 

子宮があっても、どうこうする年でもないけ
ど、何か、切なかった。
その小さな子宮の中に、息子も娘も入ってい
たのだなぁと思った。

 

彼らは3300gと3500gあったから、
結構大きかった。

 

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そんなのが入ってたのに、無くなってしまった
(涙)と考えてたら、いつの間にか眠っていた。

 

 

 

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)の検査キットの値段や使い方は?

 

しもしも?ぽんくみ?

 

オッケーバブリー!

 

今日は「平野ノラ」で言ってみました・・。
入院って、テンション下がったり気分いいものでは
ありません。

 

お笑い番組なんて見る気もしない、
でも退院したから出来ることなのかもしれない。

 

今回も今だから明るく言える「手術や入院生活」
あと気になった「検査キット」の事も詳しく
書いてみました。

 

うとうとしている中、バタバタと音が聞こえる。

 

「血圧が異常に低い。」
「脈も異常。」
「その痛み止め、替えて!」
などが聞こえてきた。

 

目を開ける。

 

身体に、いっぱい何かが付いていて、全然動かない。
とにかく、動けない。

 

術後、一番覚醒したと思う。

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カーテン越しに、妹の顔が見えた。
「やっと起きたん?」と言われた。
「何回か起きたけど、誰もおらんかったで。」と言うと、
「何回見ても、いっつも眠ってたで。」と言われた。

 

喋れるけれど、声はビックリするほど、
ガラガラだった。

 

水分が一滴も貰えないせいだなと思ったが、
この後、暫くはこの声は治らなかった。

 

 

手術は、1時間20分くらいで終わったらしい。

 

それくらいの時間のときに、私の“手術中”ランプ
が消えたと言っていた。

その後、10分もしない間に先生に呼ばれて、
術後の家族説明があったとのこと。

 

子宮と卵巣は横にいただけで、すぐに離れて
子宮だけを摘出出来たとのこと。
異形成は間違いないとの話だった。

 

子宮は小さく、産後しっかりと戻っていたとの
こと。
標準より少し小さめだったと言われたそう。
私自身が小さめだからか。(笑)

 

高齢出産をすると、産後の子宮の戻りが悪い
とのこと。
子宮が元の大きさに戻らなくて若干大きいま
まの人も結構いるらしい。

 

今回の細胞異常があるだけで、筋腫もなく、
きれいな子宮だったと。

 

因みに、筋腫がある場合も、その部分の伸びは
悪いので、妊娠してもうまく子宮が大きくなら
ないなどのリスクがあるとのこと。

 

そして、実物を見せてもらえたらしく、きれいな
色をしていたとのこと。

厚さは1cmくらいの分厚さがあり、焼肉の
ホルモンのような感じだったと妹は言っていた。
色は、ちょっとピンクっぽい乳白色って感じらしい。

先生はチョキチョキと切って、広げて(?)
中も見せてくれたとのこと。
中は膜が少し厚くなって、もうすぐ生理に
なる準備をしている状態だったと。

 

私の子宮は、最後の最後までちゃんと仕事を
してたんやなぁと思った。

 

ちょっと・・見てみたかったな。

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妹はそのとき生理中だったらしく、そんな時に
姉の子宮を眺めて、シュールな感じがしたと
言っていた。

 

自分のお腹の中のこれが、そんなことをしてるん
やと思ったらしい。

 

本物をまじまじと見たと言ってた。

 

会話をしながらも、何だかとても眠たかった。
面白い話やなぁ、もっと聞きたいなと思いな
がらも、ものすごく眠かった。

聞きたいけれど、脳みそは睡眠を欲している
感じがした。

 

今度、ゆっくりと聞こう。
そう思いながら、すでにウトウトしていた。

 

今日は一日食事がないが、17時くらいになると
水分を摂るのは許可が出た。
看護師さんに手伝ってもらって、ミネラルウォー
ターを飲ませてもらう。

 

飲んで、少しは喉が潤ったが、声は全く治らな
かった。

 

ガラガラで、おっさんのような声のままだった。

身体に付けられている心電図計が交換される。
よくわからんが、キチンと測れないらしい。
数値が出ないと言われた。

 

何事においても、深くは考えられない。

 

いつもだけど。(汗)
いつもにも増して、思考が停止してた。

 

夕方18時頃に、母と妹が帰って行った。
今から帰ったら、家に着く頃には20時まわって
いるだろうなぁと思った。
迷惑を掛けて、申し訳ないと思う。

 

その後も、ウトウトを繰り返す。
看護師さんが巡回に来られると、直ぐに目が
覚めるが、またすぐに眠ってしまう。

 

何度も目が覚めたけど、深く眠れてる感は
すごくあった。

 

摘出した私の子宮は、病理検査にまわされて、
そこで更に詳しく調べられる。

 

がんになっているか、どうかを調べるのだ。

 

子宮頸がんは、進むのが比較的遅い方らしく、
細胞異形成になるのに、10年くらいかかると
されている。

 

ここで、がんが見つかったら、進みがめっちゃ
早いってことになるなぁと思った。

 

今までは検診でしか、がんとか調べたことが
なかったけれど、それでも、そんなに身近に
感じたことはなかった。

 

気休めみたいな感じもしてた。

 

検診なんて受けても、肺がんとか、胃がんとか、
大腸がんなど、メジャーながんじゃないと見つ
からないし。

 

あんまり意味ないやんって。

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私の父のような膵臓がんだったら、普通のがん
検診を受けても、その項目の中にないのだから、
早期発見なんてほぼ出来ないのだ。

 

ネットで調べると、がんの検査キットがあったりする。

幅広い範囲で、がんの早期発見が出来るチェッ
カーから、女性特有のがんや、男性特有のがん
の検査が出来るタイプなど、色々なのがある。

 

胃がんの原因になる、ピロリ菌の検査が出来る
ものもあるし、生活習慣病や糖尿病のチェック
が出来るものもある。

 

金額は、だいたい1万円前後くらいの値段だ。

 

自治体が行っているがん検診は無料だったり、
数千円で受けられる。
でも、自費で病院での検査になると、もっと高い。

 

痛かったり悪かったりして病院に行くと保険が
きくけれど、検査だと保険はきかない。
がん検診を病院で普通に受けると、がん全般だと何万円と掛かる。

 

それに比べたら、自宅で出来るがん検査キット
は安いのかなぁと思った。

 

 

 

使い方も、指にチクッと刺して、血液を採って
送るだけなので、簡単そうである。

 

利用された方のレビューを読んでも、説明書
通りにしていけば、そんなに難しくもなさそう
だし、時間も掛からないようだなと思った。

 

そんなことを考えるようになったのも、今回
こんなことになってしまったからだ。
がんというものは身近なところに存在しているのだなと。

 

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でも、こんなことにでもならないと、身近には
感じないだろうと思う。

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子宮頸部上皮内癌(子宮頸がん)保険の種類や違いは?料金も気になる!

ぽんくみが書きました!

 

とうとう手術が終わりました!
なんか、あっという間でもあり・・・
子宮が無くなったんだなと実感することに
なります。

 

やっぱシャアが出るのかな?

え?ランバ・ラルさん?

し、しぶすぎる・・。

 

 

手術をした日の夜は、看護師さんが巡回の度に
あちらこちらをチェックしていく。

 

その度に目が覚めたけど、苦痛ではなかった。
出血量も確認されるけど、もうどーにでもしてちょうだいって
感じになってた。

 

あんまり出血してるという感覚はなかった。

 

看護師さんも、
「出血、少ないですねー。」と言われてた。

 

後から聞いた話によると、手術中も出血が
少なくて、輸血もしなかったとのこと。

夜もよく眠れて、次の日の朝4時半くらいに
目が覚めた。

 

5時半頃に巡回に来られた看護師さんに頼んで
ブラインドを上げてもらった。
まだ薄暗いけど、空が見えるだけマシだ。

 

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身体は、何とか寝返りは打てるけど、
思ったようには動かなかった。
寝相の悪い私としては、
おとなしく寝れてるのが自分でも笑えた。

 

静脈血栓が出来ないように、足にマッサージ
器が付けられているので、足を動かすことも
ままならぬ。

 

7時半を過ぎた頃、朝食がやってきた。
ギャッチアップしてもらい、食べれる体勢に
してもらう。

 

ずっと食べてないから、お腹が減ってるはず
なのに、食欲はなかった。

 

重湯と味噌汁の汁だけの食事。
ビジュアル的に食欲はわかない。
全然おいしそーに見えない。
3口で食べるのを止めて、横になった。

食欲もないけど、ずっと横になっていたせいか、
縦のままでいるのがしんどかった。

 

クラクラして、座っていることが出来なかった
のだ。
座ってられないので止めたというのが、正直な
気持ちだった。

 

情けないなぁ、大丈夫なのか?と思った。

 

8時半頃に、先生が来られた。
患部に入ってるガーゼを抜いてもらう。
意外と大きなのが入れてあってビックリ。
ズルズルと出てきたという感触、出すとき
気持ち悪かった。

 

タンポンのような圧はないけど、内臓が
出てきたような感じがした。

 

その後、看護師さんが来られて、足のマッ
サージ器、導尿、心電図計など、身体に
付けられている主な器材を外してもらえた。

 

それだけで、身動きしやすくなった。
でも、身体を起こすとクラクラとした。

 

バイタルも測られた。
熱はないようだが、血圧と脈が低いらしい。
胸とか、しんどくないかと聞かれたが、そんな
しんどさはなかった。

 

多少はクラクラとするけど、ずっと横になって
たのだから仕方がないと思った。

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「血圧、いくつなんですか?」と聞いたら、
「上が73しかないんだけど、大丈夫?」と言われて、
「しかも、脈は38だし・・。」と付け加えられた。

 

「脈38?それはすごい。」と思わず言ってしまった。
でも、胸がしんどいとか、そんなことはなかったので、
「大丈夫です。」と答えた。

 

もう一度、測ってもらったが、脈は40しか
なかった。

どーゆーこっちゃ。。

 

少しギャッチアップした状態で横になる。
元々、血圧は低いけど、70は低過ぎやなと思う。
圧なさ過ぎや、末端まで血が行かへんな。と、素人でも思った。

 

介護士さんが来られて、身体を清拭してもらう。
とっても気持ちがいい。
やっぱ、清拭って大事やなと思った。

 

新しい病衣を着るときに、
「どちらがいいですか?」
と聞かれる。

今まで着てたような甚平タイプのと、パジャマ
タイプの前がボタンのと2種類用意されてた。

 

もちろん、パジャマタイプを選ぶ。
これで、乳ポロンにならずに済むわーって、
ものすごく嬉しかった。

 

万歳三唱したい気分。

横になり、ケータイを見たら母から
メールが来ていた。
昨日、全然見てなかった。

 

ちゅーか、見る元気も余裕も何もなかったけど。

 

限度額認定証が届いてるので、今度行くときに
持って行くと書いてあった。
ということは、入院の費用は差し引いた分だ
けを払えばいいということだな。

 

20万円も要らないということだけど、いくら
用意すればよいのか、見当がつかない。

 

10万円もあれば足りるかなぁ。
退院するときに、通帳を持ってきてもらわん
とアカンなと思った。

 

こんなことになるなら、息子の奨学金全額返済
しなけりゃよかったと思ってしまった。
まさか、入院手術をすることになろーとは。。

 

まぁ、しょうがない。
もう返してしまったのだから。

 

私はがん保険というものには入っていなかった。
普通の生命保険にちょっと入ってるくらいで、
あまり保険というものは好きではなかったから。

 

今も、好きではない。

 

介護職をする前は、自動車屋さんで事務員を
していた。
自賠責保険と任意保険を扱う関係で、損保の
資格を持っていた。

関係ないが、生保の資格も取ったので保険は
何でも扱えるようになった。
資格は一生ものだったのに、途中でシステムが
変わり5年更新になってしまった。

 

なので、当時は試験を受け直すことを繰り返してた。
保険の仕事から離れて、5年以上経ってるので
今ではもう扱えないけれど。

 

扱ってたのに好きではないのは、胡散臭さ
マックスな気がしたから。
目に見えないものを売るなんて。。(笑)
怪しさ、この上なしである。

 

がん保険は、がんの保障に特化してる保険の
ことをいう。

 

基本は、がん診断給付金、がん手術給付金、
がん入院給付金の3つと思われる。
保障期間は、終身型と10年間などの定期型の
2種類に大きく分かれると思う。

 

あと、貯蓄性のあるものと掛け捨てのものとがある。
そして、貯蓄性のあるものの方が保険料は高くなる。

 

また、加入する年齢によっても保険料は違う。
若い方は安いし、お年を召された方は高くなってしまう。

 

最近は、他の病気同様にがんも入院期間は短く
なってきている。

 

また、入院せず通院治療をするケースも増えて
いるので、通院保障が付いてるのが人気がある
とのこと。

 

ネットで扱ってるところも増えてきたし、生保
だけでなく、この頃は損保でもがん保険を販売
している。

 

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色々な種類があるけれど、あり過ぎて、よく
わからないのが本音だ。
“保険”と聞くだけで、脳みそが拒否る。
私も、そんな仕事をしていなかったら、もっと
ちんぷんかんぷんだったと思う。

 

 

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